経営理念を朝礼の時間に社員全員で唱和する会社にいたことがあります。
内容は仕事をするにあたって心構えや価値観といった「正しい」ことが記されていました。
社是・社訓・理念の存在意義
起業するときって、Web の情報でもたぶんセミナーとかでも言われると思うんですが 「まず理念を定める」ことから始めるのが正しいとされてますよね。
理念を定めるべき理由としては
- 企業の活動の指針となる
- 理念を共有することで社員のやる気が高まる
あたりがよく目にするところです。
さて、そんな理念やそれに基づいた社是・社訓。
ちゃんと役割を果たしているんでしょうか?
理念についてワタシが見てきた光景
まず「活動の指針」って、なにか迷ったときに判断の拠り所になるってことですよね。
それって事業の目指すところを経営者がはっきり見えていればいいだけなので、 逆に理念がないと事業の進め方がグラグラしてしまうくらいなら理念以前に問題アリです。
次に「社員のやる気」みたいなところもよく聞きますが、ホントかなー、と。
「社員全員が理念を共有し迷いなく進んでる会社」なんて、経営理念があろうがなかろうがあまり見たことないです。
「経営理念を朝礼で復唱させられて社員のモチベーションも定着率もだだ下がり」ってケースの方がよっぽど多い気がしますね。
ワタシが思う理念の役目
どちらかと言うと、私が思う理念の役割とは
- 企業活動を対外的に提示するキャッチコピー
- 経営者の心の拠りどころ
です。
本やサイトで紹介されてる「理念」の定義とはたぶん絶対違うんでしょうねw
どちらが正解か、どちらがよりリアルかは是非アナタの目で確かめてみてください。
なぜワタシは理念に良い印象を持ってないのだろう
わりと理念を掲げることに対して否定的なニュアンスで書いてしまいましたが、 大きくは以下の2つの点に当てはまると、「ダサいなー」と思ってしまいます。
実務まで首尾一貫していない
どんなに崇高な理念を掲げていても、いざ現場では相反することを良しとしているケース。
ミッションが具体的な戦術まで落とし込まれていないパターンです。
現場の一兵卒は戦略や戦術の指示に基いて行動あるのみですが、その指示が理念とぜんぜん食い違ってると、なんだかなーと興醒めしちゃいます。
経営陣のアクションが伴っていない
指示以前に経営陣のアクションがそもそも理念とぜんぜん違うじゃんというケース。
もちろんマーケットに合わせて、時に方向転換を余儀なくされる場面はあると思います。
でも企業理念というお題目があるおかげで、その決定がたとえどんなに英断だったとしても、 社員の目には「理念と行動の不一致」という映り方をしちゃうものです。
その理念、ビッグマウス過ぎてやしませんか?
理念は戦略やビジョンの上位概念、ミッションです。
なので、ものすごい抽象的な内容になるんですね。
それはそれでいいんですが。
でも、ひたすら聞こえの良い美辞麗句を並べ立てたからって、実が伴わないのでは、ただ虚しく響くだけなんですよね。
行動と理念が一致したときに言葉は求心力を持つ
誰もが知っているような大企業には、たいてい経営理念を掲げていますね。
大勢の社員を抱えて、会社の方向性を指し示し同じ方向を進むために必要なものです。
そして何よりみんなが知ってるレベルの企業には、それ相応の実績があります。
素晴らしい理念が上滑りすることなく納得感を持って迎えられるのも行動が伴ってこそ。
大事なのは理念そのものの言葉のチョイスよりも、その理念と行動は釣り合っているかというところです。
立派な理念に相応しい行動を示すことができてはじめて理念はカッコよく光り輝くんです!
これからの企業に理念は必須なのか
共同体組織(ゲマインシャフト)と機能体組織(ゲゼルシャフト)という言葉があります。
これまでの会社は、終身雇用に代表されるように共同体としての役割に重きが置かれていました。
しかし今後、定年まで一つの会社で勤め上げる働き方が当然だった時代ではなくなっていきます。
労働者が組織に期待することは、共同体としてではなく、組織としての役割になります。
個人で動くよりも組織に属した方がメリットがある、と感じている人がサラリーマンとして働くということです。
新入社員が「飲みニケーション」を嫌うのも、会社に機能を期待していて共同体としての役割は求めてない、ってことです。
そういった意識の社員に対して「社訓の唱和」「社歌の斉唱」を命じることの無意味さはおわかりいただけるんじゃないでしょうか。
理念が不要だ、という意味ではありません。
入社から40年かけて社員に理念を植え付ける時代ではなくなった、ということです。
組織に機能を求めるような労働者に、理念に基づいた行動が起こせるようにするためにも理念を戦術まで落とし込まなければ意味がない、ということなんです。
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